ガラパゴスゾウガメの悲劇

ガラパゴスゾウガメ

世界一孤独なピンタ島のガラパゴスゾウガメ『ロンサム・ジョージ』が、2012年6月24日に天国へ旅立ちました。

推定年齢は100歳以上と言われています。

ロンサム・ジョージの死でピンタ島のガラパゴスゾウガメは絶滅してしまいました。

ロンサム・ジョージの住んでいたピンタ島は、
19の主なの島と小さな島や岩礁から成るガラパゴス諸島の北に位置する島です。

ガラパゴス諸島

ガラパゴスとはスペイン語で『ゾウガメの島』という意味です。

ガラパゴス諸島が人間に発見されたのは大航海時代の1535年。

発見された当時は数万頭のゾウガメが生息し、
正にゾウガメの楽園だったガラパゴス諸島ですが、
皮肉にも、人間に「ゾウガメの島」と名付けられた後は
「悲劇の島」に変貌しました。

ガラパゴスゾウガメを襲った最初の悲劇は、人間の食料にされたこと。

当時は帆船での長期航海が当たり前の時代。

航海中の食料不足は避けられない問題でした。

それを解決する唯一の手段は食料の現地調達。

その巨体と硬い甲羅でガラパゴスでは敵無しだったゾウガメは、
巨体ゆえの鈍足が原因で、
人間にとって簡単に捕獲できる獲物になってしまったのです。

口に入れれるものは、何でも食べなければいけない当時の船員にとって、
甘くて美味しい肉で、しかも捕まえ易いガラパゴスゾウガメは、
日頃の粗末な食事にうんざりしている船員達の胃袋を満たし続けました。

それから約150年後、
ガラパゴス諸島は海賊達が隠れ家として利用するようになり、
美味しい肉を持つガラパゴスゾウガメは格好の食料となります。

そしてこの海賊達は、ガラパゴスゾウガメに新たな悲劇をもたらしました。

それは、全ての命の源である水を確保する為に殺されること。

湧き水の少ないガラパゴス諸島では、
乾季になると水がたいへん貴重なものになります。

そんな環境に適応したガラパゴスゾウガメは、
体内に水を貯めておく袋を持っています。

その能力に気付いた人間は、食べる以外の目的でも
ガラパゴスゾウガメを殺すようになりました。

悲劇はまだ続きます。
それから更に150年後、なんと今度は捕鯨船の生きた缶詰にされてしまいます。

成長したガラパゴスゾウガメは、
水と食べ物無しで数ヶ月も生存できる強い生命力持っていることから、
長期航海を強いられる捕鯨船での新鮮な食料として、とても重宝されたそうです。

この時大量に捕獲されたのは、オスよりも体が小さく運びやすいメス。

このように隔たった捕獲は繁殖に大きな影響を及ぼし、
ガラパゴスゾウガメの激減に拍車をかけることになりました。

鯨の数が減り、捕鯨船が少なくなるまでの30年間で、
10万頭以上のガラパゴスゾウガメが乱獲されたそうです。

生きた缶詰から解放さえた後もガラパゴスゾウガメの悲劇は終わりません。

今度は、人間が島に持ち込んだ豚や山羊などの家畜とネズミによる被害です。

卵は野生化した豚、生まれたての軟らかい子ガメはネズミ、
主食の野草は移動力が勝る山羊に食べられ
ガラパゴスゾウガメの島での暮らしはたいへん過酷なものとなりました。

もちろんその間も人間は、高く売れるという理由で
ガラパゴスゾウガメを獲り続けることを止めませんでした。

その後も一頭から4~7リットルしか摂れない油に高値が付き、
更に多くのガラパゴスゾウガメが犠牲になったことや、
学者の研究材料として捕らえられたことで、
11種類のガラパゴスゾウガメが絶滅したと言われています。

そして2012年6月24日、冒頭に書いたピンタ島のガラパゴスゾウガメ
ロンサム・ジョージが死ぬことで、また一つ絶滅種が増えました。

人間は何とかロンサム・ジョージの子孫を残そうと、
近縁種のメスを使って卵を人工孵化を試みたそうですが、
全て失敗に終わっています。

楽園を破壊し、多くの仲間を奪った人間が今度は子孫を残そうとする。

「そんな身勝手は許さない!」というロンサム・ジョージの意地が
人工孵化を失敗させたような気がしてなりません。

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